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2016年4月12日火曜日

サンパウロ滞在記(2)ぶらり街歩き

この日は、ぶらり街歩き・サンパウロをした。
サン・ベント修道院から東洋人街まで、中心市街を縦断するルート


サンパウロは、車社会という印象を持っているが、地下鉄も11号線まで延長し、ネットワークが充実している。http://www.jametro.or.jp/documents/world/railmap/2010_saopaulo_map.pdf


地下鉄をサン・ベント(Sao Bento)修道院で降りて、歩き出した。


見上げる高層ビルは、さすが、南米最大の商業都市である。


おおきな書店がある。平積みで売り出し中の本が店頭に並んでいる。


石畳の上を歩くのは気持ちがいい。たくさんの人が往来して、活気があった。


サンパウロの繁華街には、ビジネスマンばかりでなく、観光客の姿も目立つ。


この街でも、大きま樹木を大切にしている。夏場には、いい日陰を作ってくれる。


ビルの柱の落書きは気になるが、取り締まりは、イタチごっこなのかもしれない。


ここの通りには、赤く塗られた自転車通行帯があり、その横には、トローリーバスの架線が伸びている。



セー広場に据えられている街の基軸点


この基軸点を中心に、サンパウロの街は設計されているとのこと。


サンパウロの中心にある(São Paulo Cathedral)は、ひときわ荘厳な構えである。


この辺りから、東洋人街が始まる。入り口には、ラジオ体操の記念碑が立っている。



歩行者信号には、東洋や日本にちなんだデザインが使われている。
ここは、神社の鳥居がモチーフだ。


東洋人街の通り沿いには、白い提灯をかたどった街灯が並ぶ。


東洋人街に向かう陸橋から、サンパウロ市街環状線を眺めている。


東洋人街に入ってきた。下町の雰囲気が漂う。


白い提灯の街灯が道案内になっている。


提灯をモチーフにした歩行者信号


金澤商店


古賀法律事務所の看板 日系コロニアの皆さんは、きっとお世話になったのだろう。


ニュ美松の前で、涼む人たち。何を食べているのだろう。

2016年4月11日月曜日

サンパウロ訪問記(1)濃くて熱い街に

3月24日から30日まで、15年ぶりにブラジルを訪れた。
今回は、大学院時の先輩夫妻が住むサンパウロを満喫させて頂くことに。

滞在中のバージニア州ノーフォークからは、ワシントンDC経由で合計11時間くらいのフライトになった。


飛行機から眺めるサンパウロは、ただただ広く広がる大都市だった。
まずは、到着した3月25日から27日までの記録を。


サンパウロに到着して、すぐに向かったのが、チベット・ハウス・ブラジルで開かれていたサンド・マンダラの解体式だった。遙か遠いチベットの仏教の儀式に、たくさんのパウリスタが集まり、マンダラの由縁に耳を傾けていた。


たくさんに人たちの祈りの中、サンド・マンダラの解体が進められた。


左側のオレンジ色の建物が、チベット・ハウス・ブラジルである。


お昼ご飯は、これまたお洒落な内装のイタメシ店にて。古いワイン倉庫をレストランに改装したとのこと。


 ラビオリには、たっぷりのパルメジャーノ・レッジャーノをたっぷり削ってもらった。


冷たくない甘ぁいムース


可愛い外装の住宅 玄関の扉の色が好き


デング熱やジカ熱に注意しようという呼びかけ。
幸い、旅行中にはどちらにも罹患しなかった。


ちらかし防止のために、街のあちらこちらにゴミ箱が設置されている。
これは、動物が荒らさないように、 電柱に掛けられていた。


公衆電話があちらこちらに。名前は、たしか、orelhas grandes 
ポルトガル語で、「大きな耳」という意味であったと。


消防署 公共機関の外壁は、黄色が基調であるそうだ。
それは、ベトナムでも同じだった。


もともと王宮であったというMuseu Paulistaは、ゴシック様式の荘厳な建築だ。


イピランガ独立公園 には、独立の立役者であるドン・ペドロ1世の像が立っている。
「独立か死か!」と叫んで、ポルトガルからの独立を宣言したと伝えられる。


大通りの真ん中に、自転車専用レーンが伸びる。
現政権が進めた施策だが、住民的には、賛否両論ありとのこと。


街中に信じられない大樹が並ぶ。
伸びた気根で、さらに大きさが目立つ。


市内のあちこちには、壁画がたくさんある。


初日の夕食は、ラーメンあすかへ 
サンパウロの東洋人街で、はじめてのラーメン専門店とのこと。


まさか、サンパウロで醤油とんこつラーメンを食べられるとは!



つぎの朝から、ゴルフに混ぜて頂いて、まさかの10ヶ月ぶりのラウンドに。
アルジャゴルフクラブは、日系移民(コロニア)の皆さんが設立した歴史あるゴルフとのこと。






クラブハウスでは、素麺やおにぎり、お漬け物が食べられる。


醤油の名前は、TOZANという。漢字で書くとどうなるんだろう。




心のこりは、食べなかった小豆バーだ。


プレー中にも、初めて見るような花々にレンズを向けてしまう。


まるでクジャクのようなお花
日本では、植物園の温室でしか見られなさそうな。




電気のアウトレットは、3種類が併用されている。


夕食は、ピザで。干しトマトがうまみを出していた。


サンパウロの家庭ゴミを出すステーションは、地面から少し上げたケージになっていた。


近所のカフェで朝のコーヒーを。


いくつかのカフェやレストランで共通していたのが、このバーコード付きのカードだ。
店を出るときに、まとめてお支払い。


サンパウロのフランスパンも、ふわふわでカリカリだ。いくらでも食べられる。


甘いものをこよなく愛する街では、ケーキの種類に目が回るくらい。


右から左まで、全部試食したい!

2016年3月14日月曜日

週末のこと

昨日一昨日とノーフォーク市内のスーパーやダラーショップ(100円ショップ)に行ってみたけど、ホワイトデー商戦はぜんぜん見られなかった。
代わりにセントパトリックデイ(St. Patrick's Day:アイルランドにキリスト教を広めた聖人の誕生日)に向けた緑色のアレコレとイースター(キリストの復活祭)のための卵とウサギのアレコレがたくさん並べられていた。
特に、セントパトリックデイには、なにか緑のものを身につけていないとつねられる(ピンチされる)らしいので、切実な問題である。そういう恐怖をネタにした商売は、やめて頂きたい。(笑)
今年のイースターは、3月27日らしいんだけど、2週間前の一昨日に既にノーフォークでは、新興のプロテスタント系教会によるEggDropという大きな子どもイベントが開かれた。ゲント小学校に集まった子どもたちは1000人、それに付添の大人が2000人!バンドの演奏を聴いているうちに、南の空から一機のヘリコプターが飛来し、上空を3回ほど旋回したかと思うと、お菓子やオモチャが入った約2万個のオレンジ色の卵をバーッとばらまいた。
それをバスケットを手にした子どもたちが、実際は、その親たちが総出で、ダダダーっと拾い集めるのである。熱くなるのは、主役そっちのけの大人たちの方なのは説明不要かもしれない。スタートラインから、その無数の卵を拾う人の波が押し寄せた。過ぎ去った後には、踏みつぶされてちゃった卵の破片以外には、もとの青い芝生だけが残った。
うちの次男坊は、スタートラインから少し遠い場所で、のんきに拾い集めていた。押し寄せるオトンとオカンの波を見た僕は、その後起こるだろう大惨事を察知し、ササーッと防御に入った。次男は事なきを得た。
いろいろイベントを開いて楽しむことが好きなのは、洋の東西を問わない。こうやってみんなで集まることで、今ここが平和でよかったねと確かめているのだ。この日々が、いつまでも長く続きますように。