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ラベル 花鳥風月 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
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2021年4月25日日曜日

Flower never found in shops

Hi, Bloggers!

This is " Oenothera rosea,"  a family of Onagraceae, we call it "Yugesho," in Japan. It means "makeup in evening." This flower was imported for appreciation from America continent hundred years ago, and broadly spread in warmer places around Japan. 

It will catch you by its clear pink color and wide petal like parabola antenna. From May to September is the best season of it fascinate you in grassy land. 

Even in outdoor vacant places, we can enjoy finding this kind of tiny wild coloring never distinguish easily and blossoms every year. Why don't you walk around neighborhood and find your favorite which cannot buy in flower shop?  




2020年11月3日火曜日

花鳥風月が心に染み入るのはなぜか?

 庭で野菜を作ったり、植栽に肥料をやったりすることに関心を持つようになったのは、何か生きてるものに関心を持つようになったということだと思う。それは見方を変えると、自分自身が生きているということであり、生かされているということへの実感でもあると思う。

10代や20代の頃の僕にとっては、生きていることがあまりにも当たり前であり、生きているということにそれこそ関心を払わなかったように思う。40代も後半を過ぎると、生きているということやその事実を少し引いた視点から捉えられるようになる。自分自身の生き方にも、少し客 評価が下せるようになってくる。デタッチメントという言葉がある。それは自分の作品を自分から一旦手放して、客観的に眺め、評価してみるということである。


若い頃は、このデタッチメントがなかなか難しくて、自己を正当化したり、言い訳ばかりを重ねてしまう。ハンドウェイビングとは、 苦しい自己弁護繰り返す姿を形容する言葉である。年を重ねれば、手抜かりのある自分を少しは仕方なく重い、またその駄目さ加減を笑って許すこともできるようになる。


そのように、生身で生きる自分を客観視できるようになれば、身の回りにある他の命に対しても、自分と同じように思いやりをもって接しようという気持ちが湧いてくるものである。いつまでも20代のようではないし、20代のような青さを失った分、40代後半になって手に入れられる芳醇さもあるようだ。何かを手に入れるということは、何かを失うということでもある。


人生は誰にも一回限りである。1回限りであるということは、決して取り戻せないということであり、取り戻せないからこそ、そこにかけがえのない価値が沸き起こるのである。だからこそ、花鳥風月は心にしみ入るのである。






2020年10月29日木曜日

カメとの遭遇

 田んぼ横の水路で、2週間ぶりくらいにカメを見ました。夕方の散歩は、僕の習慣となっていて、決まって長い長い田んぼの中を通る水路沿いを歩いています。まだまだ暑かった頃には、水藻の上で甲羅干しするカメを何匹も見かけることができたのですが、ここ2週間はからっきし見かけることがありませんした。

もしかしたら、飼い主がいて、冬眠させるためにどこかへ引き上げてしまったのかなと思うくらい、彼らの姿を見ることができなかったのです。

それが、ダメもとで水路を覗きながら早足で歩いている時に、水面に顔を覗かせている中くらいのサイズのミシシッピアカミミガメと久しぶりの対面を果たしました。ああ、元気にしとったかい?という暇もなく、その子も水藻のしたへ隠れて行ってしまいました。

ここ数日で、少し気温が上がった今日だったので、変温動物の彼らにとっては、体の動きが少し緩んだのかもしれませんね。明日も会えるかどうか分からないのですが、水路をまた覗いてみようと思います。




2020年10月25日日曜日

家庭菜園に調理残さの野菜など混ぜ込むとゴミが減るし肥料になるし

家庭菜園といっても猫の額ほどの広さなのだけど、調理の時に出る野菜の切れ端や卵の殻を肥料として混ぜ込むようにしています。調理残さを肥料にすれば、家庭ゴミの量を減らすことができます。その他にも、カブトムシの幼虫のフンも有効活用しています。

調理残さを混ぜ込む時に大切なのは、なるべく小さく刻むことです。にんじんのヘタや大根の皮などボリューム感のあるものをゴロッとそのまま混ぜ込んでおいても、土の中のバクテリアによる分解がなかなか進みません。数日後に、混ぜ込むために土を掘り返した時に、まるままの野菜が顔を出すことがあります。

コンポストを導入する手もあるのですが、住宅地の家庭菜園では、近所に臭気が漂ってしまうのがおっかなくてやれません。少量の野菜くずを土に埋めていく位であれば、その点が気楽なものです。

昨日近所の山に入って、道を外れてみたら、土がふわふわで気持ち良かったです。木の葉が積もって、土にかえっているのです。香りはホームセンターでたまに買ってくる腐葉土と同じです。山には、天然の腐葉土があるわけです。自然界には、「ゴミ」はなく、大抵のものは回り回っています。


今日、混ぜ込んだニンジンのヘタも、そのうち、チシャ・レタスになって、焼肉と一緒に僕の口に入り、身に成ってくれるのでしょう。家庭菜園でも、やっていると気づけるのは、自分も循環の一部であるということです。(なんてね。)

2020年10月13日火曜日

水路の亀たち

いつも夕方に散歩している通り沿いの水路には、ミシシッピアカミミガメが住んでいる。見分けられる範囲では、4匹ぐらい住んでいるはずだ。でも、日によって顔を出していたり、いなかったりする。


そのうち1匹は見るからに歳をとっていて、甲羅の色が茶色く、藻ようなものさえ絡んでいる。僕はかってにそれ「主」(ぬし)と呼んでいる。それに次ぐ大きな亀は、「若大将」である。(それも勝手にであるが。)こちらは見るからに健康そうな大型の上で、動きがとても機敏である。その他にも、生まれて間もない小さい若者が2匹ほど住んでいる。


水路全体には、水草がびっしり生えているので、彼らはその影に実は潜めている。その中でも長老である虫は時に堂々と水草の上に乗っかり体を休め甲羅を温めていたりする。その水路は田んぼのための用水路なので、水かさが多い日は少ない日がある。少ない日は川床までよく見える。


これから寒い季節になっていくので、亀たちは冬眠の季節に入るのだろう。しかしコンクリート三面張りなこの水路から、彼らはどうやって外に出て、潜る土地を探すのだろうか。彼らの姿を全く見なくなったときには、きっとあの長老の「主」に誘われて、冬眠をはじめたのだと思うことにしよう。


散歩道にいたタデの花 Lady's thumb


2019年5月2日木曜日

左へカーブを曲がると

このゴールデンウィーク休暇には、これまでやったことのないことをやってみようということで、近所の海まで歩いていきました。

クルマでいけば、だいたい5分程度の距離ですが、歩けば40分もかかります。

この短縮35分間は、ガソリンが買い取ってくれているわけですけれども。

40分歩けば、水面が、いつもよりも輝いているように見えました。

目的地は、もちろん楽しみなのですけど、そこに至る道のりもまた楽しみでありますね。

♪左へカーブを曲がると光る海が見えて来る。
 ぼくは思う、この瞬間は続くといつまでも♪

と歌ったのは、オザケンでした。幸せな時よ続け!と。


幼虫マット


我が家には、カブトムシの幼虫が一匹いて、水槽の中で生活しています。
ぼくが子どもの時には、ほとんど気にしていなかったのは、その幼虫がフンをするということです。いま思えば、当たり前なのですけれども。w

ということで、月に一度は、水槽の中をたらいに開け、幼虫を一旦取り出して、DIYショップで買って来てた新しいふかふかの幼虫マットと入れ替えます。

その度に、黒い楕円形のものが、マットの中にたくさん混ざっていることが分かります。これだけしっかり主張しているものを子どもの頃には見逃していたようです。

ところで、彼の幼虫は、つやつやのプリプリっ!天敵のいない水槽の中で、日々成長しているみたい。夏に向けて、いつサナギになるのだろうか。そろそろ、新しいベットをご用意するときには、扱いに気をつけなければならないかな。

2019年5月1日水曜日

ツルニチソウ

散歩の途中、道ばたに目を惹く薄紫色の花があったので、パチリとしてみた。

花の名前を調べれば、ツルニチソウという外来種らしい。ひと目を楽しませるから、摘み取られずに、残ってきたようだ。

よく見ると花の真ん中に、アリのご来客があった。撮影した時には気づかなかったな。

意外なものが写り込む。自然であるとはそういうことなのだろう。


2018年6月27日水曜日

吉野山訪問記・2018年4月

僕は、吉野郡の生まれでありながら、花盛りの吉野山で桜を拝んだことがありませんでした。なぜって、子どもの時には、そんなことには全く関心がなかったし、社会人になってからは、4月の中旬の満開時期に山に登るなんていう時間を作るのが難しい。
それが、今年ついに叶ったのです。ちょうど勤務先で春休みを取ることができ、暖冬からの流れで、4月初旬でも桜が花開いた。そういう幸運な春だったからです。
吉野駅には、近鉄が擁する観光特急「青のシンフォニー」がいました。僕が乗車したわけではありません。ちなみに、全席指定です。
吉野駅から少し先、ロープウェイは、故障後何年か経っているそうですが、まだ復旧の目処はたっていないとのこと。歩く僕には、痛くもかゆくもありませんが。(涙)なんとか、頑張って近鉄さん!
 斜面地に建つ家は、「吉野造り」と呼ばれます。表からみると2階建ての家も、谷の方から見上げると3階建てだったりします。
急な山の道すがら、花が癒やしてくれます。
 はじめの開けた街路へたどりつくと、椎茸を干してありました。
 乾燥させると栄養価が高まるという椎茸(ま、色々なものがそうらしいけど。)
 若い留学生風のグループもちらほらと。京都や大阪辺りからも足を運ぶのかな。
大阪阿部野橋からなら、快速電車で2時間程度かな。
 何気ない木立ちもまた、なにか吉野プレミアムで、美しく見えます。

この黒門から先では、何人も馬をおり、脇差しを下ろすべしと。
荒い木彫りの狛犬かな。

吉野山は、桜ばかりでなく、信仰の山でもあります。

世界遺産登録がなされたことで、観光客が一年間を通じて見込めるようになったとか。
 美しい石積みが至るところに。
 堅牢さは美に通じる。
多様な石が組み合わされることで、堅牢な基盤となります。
さあ、金峰山寺に到着!
美しい構えの金峯山寺です。秘仏・蔵王権現さまがおわします。
 なぜか、吉野山に天満宮が・・・?これは、醍醐天皇が菅原道真を藤原時平にそそのかされて左遷したことをわびて建立したというエピソードが書かれていました。
 社務所に荒い造りの仏像がいくつも。
仏師の仕事も徐々に形作られていくのでしょう。
 ひとつひとつ手彫りです。お寺の方の趣味かもしれないけど。
 さらに、山を奥へ進みます。
 吉野・五條地域には、柿の葉寿司業者が、大小合わせて200件程度あるそうです。
本場で食べる柿の葉寿司
 ここの店構えがなんだか素敵です。

こんな樽を使って押し寿司にするのです。
 一件ずつ回って行きたい店がたくさん。
 こちら上千本!
 ヤドリギ(宿り木)も多数!
 店先のムスカリが鮮やか
 ひとつひとつがお洒落やなあ。
 苔玉にシクラメン 
 ここにも柿の葉寿司のお店が。たなかはんや大和はんばっかりやと思ってもらったら困りますわ。
 観光地と暮らす民家
 火の用心
 ほっこりしますね。
 葉っぱを食べ過ぎて、体が葉っぱになってしまったバッタたち。この呪いが解けるのは、いつなのだろうか。
やれやれ、よく歩いたね。
吉野にもソメイヨシノが。
 よく歩いたご褒美は、よもぎソフトで決まりです。次回は、さくらソフトを!




2018年2月3日土曜日

ぶらりみちくさ

午後から近所をぶらぶら歩いたら、
寒い中にも街を彩る草花がたくさん。

ほとんど園芸種かな。
名前を知らないものばかりだ。

スイセン




ツバキ



ウメ

黄色いパンジー

重厚な石組み








ナズナ

ここの並びにはヤツデがたくさん

ヤツデの実

ハコベ