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2021年3月21日日曜日
ちょっと私用があってPCR検査を受けることにした
2021年1月15日金曜日
コロナ禍は「かもしれない行動」を身につける機会になる
こんにちは。辻井洋行です。
わたしが住み仕事している福岡県にも緊急事態宣言がなされました。未だに、身近な人の新型コロナ罹患の実例を聞かないので、わたしにとっては、テレビやネットの話題であり、実感を持つことができていません。
この 感染症では、無症状の人が感染を広げてしまうことが指摘されています。私たち人間には、顕在的なリスクには敏感になり、潜在的なリスクには鈍感になる傾向があります。
安全工学における危険認知の考え方に、「危険検出思想」と「安全検出思想」があります。前者は、「危険が確認されない限りは安全である」という考え方です。この考え方では、見えない危険は存在しないものと見なされ、危険な状態を放置してしまうことになります。後者は、「安全が確認されない限りは危険である」という考え方であり、危険を取り除かない限りは安全で無いと見なすことになります。
例えば、 運転免許を取るときには、「かもしれない運転」をするように推奨されます。これは人が飛び出してくるかもしれない、車が曲がってくるかもしれないと思いながら運転することで、常に危険回避をしようという行動を推奨しています。 これは安全検出思想によるものです。
これを援用すれば、自分自身がコロナに罹患しているかもしれない、 手で触れるものにウィルスが付着しているかもしれないと考えることで、 他人にうつしてしまう危険や自分が罹患してしまう危険を回避する行動を取れるようになります。
ただ、「かもしれない」行動には、想像力が必要です。 私たちの心理には、正常性バイアスがあり、自分だけは例外だと思うものです。ただ、今の時期を利用して、「かもしれない」行動を習慣にすることによって、 そういうバイアスを乗り越え、様々なリスクを回避する態度を身につけられるようになるでしょう。
2021年1月4日月曜日
個々人の行動はコントロール可能に見えて広く社会を見渡せばうまくいかない。
こんにちは。辻井洋行です。
今回は、私たちの行動結果が同じにはならないという事について考えてみたいと思います。
学校の試験や技能検定、会社の営業成績などなど、同じような業務に取り組んでも、その結果は、大抵の場合に正規分布します。正規分布というのは、最も多い点数(偏差値50)を中心に、なだらかなカーブを両辺に向かって伸ばしていくような釣り鐘型のグラフを描く状況のことです。
人の行動や社会的な現象は、このグラフの中に収まるような傾向を示します。もちろん、対象とする人の数が少なければ、グラフの 偏りは生じることになります。ほとんどの人は、このグラフの真ん中あたりに位置する行動の結果を示します。
一方で、極端な結果和の人たちは、グラフの両辺に位置する結果を示します。成績の結果が極端に良い人はグラフ向かって右側に、反対に極端に悪い人は左側に位置します。来週には大学入学共通テストがありますが、テスト成績偏差値の高い人低い人は、このグラフの右側か左側に偏っているということになります。
新型コロナ感染症対策については、マスク着用と手指消毒を行うことが有効であるとされています。また大人数での会食を避けるといった行動も同様です。これらの行動がどの程度徹底されているかということについては、標準的な人たちは、この正規分布の真ん中あたりに生きて一致しているはずで、感染を結果的に免れているということになるでしょう。
ただし感染症対策についても、これは社会現象なので、どの程度徹底しているかという個人の行動については、取り組み程度の強弱があるはずです。誰よりも偏執的に取り組んでいる人たちはグラフの右側に、ほとんどノーガードの状況の人は左側に寄っているということになるでしょう。
日本は、自由主義の国であり、法律によって個人の行動を制限し罰則を与える事柄の範囲を小さくしている国です。法律で制限を行えることにより、グラフを全体的に右寄りへシフトさせる事は可能ですが、そのためにはそれなりの社会的コストを伴います。それは個々人の行動の不自由さであり、経済的コストでもあります。行政ではその選択をしようとしているわけですが、その良し悪しについては、私自身が評価し慎重に考える必要があると思います。
厳しい行動制限を行うような法律が施行されることにより、感染予防の行動の底上げにはなるはずですが、必ずその行動の強度については、釣り鐘型のグラフで表される結果を生じることになる事も踏まえておく必要があるでしょう。その原因は、個々人の価値観の違いや、受け取っている情報量の違い、また条項に反子対する理解や、感度の違いによるものです。そういった違いが、個々人の行動の差を生み出すことになります。
個々人の行動はコントロール可能のように思えて、大きく社会として見渡せば、それがなかなかうまくいかない。人もやはりまた自然の一部なのだということを改めて感じさせられます。
2020年12月24日木曜日
頭が冴えている朝は自分の大事なことに集中して取り組みたい
こんにちは。辻井洋行です。
仕事場での朝の時間は、集中して取り組むことが必要なことのために確保するようにしています。執筆や教材作りには、特に注意を要するので、朝の仕事にしています。とても急ぎで、簡単な返事で済むようなメールやLINEには即答しますが、本当は、それらは午後の時間に回したい作業です。
打ち合わせやミーティングは、午後の予定が好ましいです。昼食後の打ち合わせは、お互いにリラックスしておおらかな気持ちで取り組めるように思います。ただし、勝負をかけるような打ち合わせの時には、こちらは食べずに臨むか、早い目の昼食を取ってしまうように心がけています。やはり、胃袋に血が回っていると頭が回転しなくなるからです。
そのように考えれば、午後におおらかに気持ちで打ち合わせするための資料作りを午前中に行うというのは理に適っているように思います。そして、午後の遅い時間は、一日の振り返りであり、広げた風呂敷を折りたたむ時間になります。
時間が立て込んでいる時は、思うように時間を使えないことがあります。というより、そのようなことが少なくありません。それでも、なるべく仕事は、平準化して仕事量の波がない状態へ近づけることが理想であり、常にそのようにしようと心がけています。
遠い将来のための大切なことほど、後回しにしてしまうことがありますが、それは長い目で見て、人生の満足度を低めてしまいます。そういうことほど、時間を確保して、少しずつでも積み上げていく必要があります。相田みつをは「毎日少しずつが、なかなかできないんだなあ」と慰めていますが、彼こそ毎日少しずつ積み上げた成果として、作品を世に出しています。
コロナ様がもたらしたのは、自分の人生の一大事を捉え直す機会と思います。自分の大事なことを追求できれば私たちは幸せを感じらえれるし、そうであればこそ、他者を思いやれるようにもあります。それぞれが、他者を道具のように見なさず、主体性を持つ自分と同様の存在として尊重し合うようになりますように。



