食事と排泄は、生きることの基本です。そんなことは、当たり前であり、わざわざ意識するまでもないことなのかもしれません。ただし、意識しなくてもよいのは、食糧供給と衛生管理を支える人がいるからであり、それを動かす仕組みが滞りなく動いているからです。
ひとたび災害が起これば、その前提は崩れてしまいます。軽度の災害であれば、回復まで時間を要しなくても、定常システムが想定した以上の災害となれば、どうでしょうか。
食糧の不足は、それの取り合いになり、取り合うものさえ無くなれば、それを求めて住む場所を移動していくことになります。衛生管理が滞れば、疫病が流行り、そこに住み続けることができなるでしょう。では、どこにいくのか。いくらかでも、マシな環境を奪い合うことになりかねないわけです。
実りは、生の安定をもたらします。ただし、その安定は、同じことを繰り返していても、維持できません。変化し続ける状況に対応し続けることで、安定は築き得るもの。この実りに、私が何をしたわけではありませんが、少なくとも、これを形づくった方の努力と気候風土に感謝の気持ちを忘れずに過ごしたい。
0 件のコメント:
コメントを投稿