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2015年3月28日土曜日

インクルーシブ・デザイン

RCAのシャビーナさんは、大学院2年生のためのシニアチューターとしての役割を担っている。76名いる院生のプロジェクトを多様な専門の教員とチューターが総出で役割を分担しながら支えるのである。

紹介された6つのプロジェクトは、すべて生活者個人や地域コミュニティの抱える課題にアプローチするもので、身体の不自由を支援するものや伝統的な文化風習ゆえに生じている課題にオルタナティヴを提示するものだった。

また、どのプロジェクトも対象を巻き込みながら共に検討を進めていくというもの。このような設計コンセプトは、インクルーシブ・デザインと呼ばれている。

私たちが、サンアクアTOTO社のご協力を頂きながら進めているインターンシッププロジェクトも同じコンセプトであるが、意識疎通の方法や課題の同定、解決策の絞り込みの行程には、まだまだ粗削りなところが多くある。負けてられないぞ!

2014年12月22日月曜日

関門地域ヤドリギ地図

関門海峡を挟む下関市と北九州市界隈で、鋭意調査中のヤドリギを観察できた場所をGoogle地図上に記録しています。

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関門地域ヤドリギ地図

2014年12月5日金曜日

「経験のない若いうちにやりたいことなんて見つかるわけがない」という命題に対して

「経験のない若いうちにやりたいことなんて見つかるわけがない」という命題に対して、僕なりに整理をつけようとしている。僕は、若いうちにもやりたいことは見つかることがあると思っている。やりたいことが見つからないと言っている人は、目の前にある機会に眼をつむっているのではないだろうか。

人生の経験に多少の違いはあっても、その人なりの積み重ねがある。人との出会いがあり、物事との関わりがある。あの人みたいになりたい、あんなことをしてみたい。そう思っても、それを具体的にしてみない限り、自分自身の具体的な経験にはならない。

発想は着想にならないと実際的な価値を生まない。着想とする前に、これでは仕事にならないのではないか、給料をもらえないんじゃないかと考えるだけで諦めてしまう。具体的に取り組む前に発想を手放してしまうのである。

たとえば、子供の頃からバスケットボールが好きでたまらない。大学に来て、将来のことが分からない。きっと、過去と将来を分けてしまうから、その間の跳躍が難しいものになってしまう。

バスケットボールをやっている時に、シューズが滑ってけがをした経験がある。そのような経験をしない選手を増やしたい。そう思った人がたまたま工学部で学ぶことがあれば、材料の開発や力学を専攻して、技術を学びそれに関連する仕事に進むことができる。

学びのきっかけはバスケットボールでの経験であっても、宇宙開発の技術やナノテク医療の分野に関連する仕事の道が開けるかもしれないのである。

また、バスケットボールのゲーム運びの戦略に悩んだのであれば、ゲーム理論や応用統計学に進んで、フォーメーションや選手の人選について、基礎理論を学ぶことができる。

スポーツ理論や統計学を学び、バスケットボールの戦略アナリストを目指すことができる。しかし、それだけではない。それらの知見は、教育や金融の分野でも活かせる知的な経験になる。

肝心なことは、目の前にある機会を自分に関係があると思って、それに具体的に関わってみることである。具体的に行動をして、その行動から自然と派生して登場する新しい機会、人との出会いを大切にして、つかみとっていくことである。

行動しなければ、やりたいことなど見つからない。精神と肉体、両面で行動してみること。ビビッと来たら、考える前にまず行動してみること。好きか嫌いかは、行動してから判断すればよい。食わず嫌いで過ごすのはもったいない。

つまり、若い時には、やりたいことが見つからないのは、具体的に行動してみないからであると思う。誰かの意見や情報のみでやるかどうか判断するのではなく、自分の体でやってみる。判断や損得勘定は、そのあとで構わない。

僕自身は、学校の先生になりたい、国際的なテニスプレーヤーになりたい、途上国に関わる仕事がしたい、国連職員になりたいという思いと行動の変遷の中で、いまは、大学の教員をしている。やりたいことを見つけつつも、出会いや流れを大切にしてきた。そして、これから先にも変化が起こるはずだと思っている。

私たちには、本質的な意味で自由な意思はないのではないかということが研究されて来ている。たとえば、水が飲みたいという意思が生じる少し前から、水を欲する脳の部位は動き始めているという。意思は、それを後付けて生じているということが分かっているそうな。

その意味において、「ビビビッと来た」という感覚は、大切にするとよいのだろう。好きか嫌いかを後付けで判断するよりも前に、脳がそれを既に判断している。直感に従うということは、思い出せない重層的な記憶の履歴に基づくということだ。腹に落ちるという表現があるが、それは、生理的に受け入れられるということである。

ビビビッと来たら素直にやってみる。行動してみることで、脳の判断を検証していく。好き嫌いを意思の力だけで判断するのではなく、直感に従い、行動を通じて確かめていく。失敗したらやり直せばよい。手足を使って学びとること。行動しなければ、失敗することもないでしょ。

2014年11月11日火曜日

喜ばれてこその企画

 大学なんかで、偉い人を招いて講演会を開くのだけど、集客できなくて、職員や学生を動員するなんてことはよくあることです。もちろん、話を聞いてみたらなかなかためになったということはあるのだけど、そうは思えないで、一人また一人と撃沈していく様は、話し手からみて残念に映るものです。

 そういう状況では、企画する人、 話し手そして動員された人が、lose-lose-loseという大変残念な関係になっているのである。だったら、初めからお招きしなければよいということになるのだけど、そこには大人の事情というものがあるらしい。講演会の企画は、例えば、孫正義さんやホリエモン、ビルゲイツやヒラリークリントンあたりであれば、会場が人で溢れることになるだろう。それくらい、誰でも知っているような人でない限りは、企画が労せずに成功するなってことは稀でしょう。

 もちろん、誰か面白い活動をしていたり、文筆活動をなさっている方の話を聞くのはためになるのだけど、その人選のプロセスをひと工夫すれば、もっと有意義な場を作りだすことができると思うのです。たとえば、対象とする聞き手が、話を聞いてみたいという人物をリクエストしてもらう。何か具体的な活動をしている人たちにとって、その活動を促進する話をしてくれそうな人を選んでもらう。このように、実際の聞き手のリクエストから企画すれば、取り合えずは、中心的なターゲットに当たる人たちが関心を向け、その人たちが友達を誘って来てくれる。ぜひ、友達と一緒に話を聞いてみたい人を招聘できれば、自ずと人が人を呼ぶ流れを作ることができる。

 私自身も、前者のような無責任な講演会企画だけはやるまいと決めています。関係者がみんな嬉しくなる企画こそ、企画と呼ぶにふさわしい。企画力を磨けば、時間や労力の無駄を防ぐこともできる。過去の失敗に学び、これからのやり方を改善していくこと。喜ばれる企画者になりたいものです。

2014年11月10日月曜日

70キロの壁

このひと月の間、快調に減り続けた体重もここに来て、足踏み状態が続いている。先週の中旬に71.5キロまで下がったものが、今朝には73.0キロまで、あっという間に逆戻りである。週末の朝歩きを怠ったせいか。またまた、昨晩の呑み事のせいか。ま、まだまだ生活習慣が定着し、体質改善に至っていないということだろう。

きっと、この先には、「70キロの壁」があると僕はみている。その壁を乗り越えるには、これまでとは違う生活習慣を定着させなければならないはずだ。まだ取り組んでいないのは、ウェイトトレーニングである。それから、ジョギングにも足を踏み入れていない。もちろん、自分勝手な仮説の上でやっていること、科学的な核心はないのだけど。

2014年11月7日金曜日

朝歩きからはじまる

朝歩きを始めて、早くもひと月になりました。習慣とは不思議なもので、今や朝には歩きにでないと1日が始まらないような気がするものです。
もともとは、夏の暑い最中に、昼間のウォーキングが疎かになってしまったことから始まったこと。もう、それなしでは、仕事のスイッチが入りません。ちなみに、9時就寝の4時起床か、ここ最近の生活サイクルになりました。夜食も取らず、とてもヘルシーです。みんなが騙されたと思って、朝歩き、始めませんか。

心の深いところ

 大学の教員の仕事は、読んで字のごとく何かを教えてあげることである。もちろん教え方には、いろいろあって、大きな講義室で話をするというものから、研究の指導まで幅広い。僕は、そこにいるみんなが満足するように頑張っている。ま、満足とまで行かなくとも、授業にコミットできていることを目指している。

 そこのところに頑張ってしまうのは、どうやら、割と負けず嫌いなタチだからなのだろう。教員や大学生については、世間で色々言われているけど、本質的なところは、それほど以前と違いはない。それは、心が震えるような体験がしたいたいうことだ。それへの切り口や段取りが時代の流れで変わったというだけ。心の深いところは、ほんの数十年で変わることはないのだから。


2014年10月27日月曜日

フヨウ(芙蓉)

フヨウ(芙蓉)の学名は、Hibiscus Murabilisということで、「ひびきの」にぴったりの花であることが分かった。(なんてのは、こじつけだけど。)

優雅な淡紅色の花を咲かせ、その後には、硬い毛で覆われる。樹皮は、和紙の原料にもなるとのこと。(ブリタニカによる)

ガクの中を開いてみるとこの通り。星形に割れて、中には、大切に覆われた種が見える。
種たちは、大事に大事に育まれて、やがて巣立っていくのだろう。


























2014年10月23日木曜日

大学院科目「アジアの環境問題」(2日目)

第2学期の水曜午後には、「アジアの環境問題」という
大学院生向けの科目を請け負っている。科目名に従えば
何なら環境問題について熟々と語るのだろうということ
になるのだけど、僕は、この科目を環境分野のエキスパート
になるためのキャリア科目として位置づけ、プログラムを
組んでいる。アジア地域の環境問題は、彼ら技術者・マネジャ
の活躍のフィールドとなるわけだ。

今年度は、中国、インドネシア、ケニア(はアフリカだが)を
仕事の対象とするエキスパートに、それぞれの国での
ご本人による課題への取り組みについて話して頂き、
そこでの難しさややり甲斐について、院生たちと語り合って
頂くことにしている。科目の題名は、とてもマクロな印象だが、
その内容は、ミクロである。

2日目は、上の対象国についてのプロフィールと環境課題について、
世界銀行やADBなどから統計データを履習者自身が集めてきて、
それをもちながら、ポスターを作成してもらった。
作業前には、「他己紹介ゲーム」をして、お互いによく知り合い、
楽しい雰囲気の中で、班別作業が進むように工夫した。

 


来週は、中国を対象として、大気汚染や水質、土壌分野の環境分析
を手がける(株)環境テクノスから鶴田直さんをお招きして、
現場での仕事や取り組む際の工夫について、紹介して頂く
ことになっている。
鶴田さんの特別授業の前に、このポスターを描いた班による発表を行い、
これまでの理解範囲をお示すすることになる。@

2014年10月20日月曜日

「あそ研」へ

今朝、秋葉祐三子さんが代表をつとめる「ひびきの親子あそび研究会」
のフリースペースにお邪魔した。

「あそ研」は、子どもたちの外遊びの促進、ママ友ネットワーク
の構築、多世代間の交流などの機会をどんどんと提案している。

ひびきのフリースペースは、そのひとつの拠点となっている。
大学キャンパス内にあることから、学生のボランディアも募集
しており、教育関連分野を将来進路とする学生にとっては、
子どもたちやお母さん方と接する大切な実体験の機会になるだろう。

明日の科目「企業研究」の終わりの時間に、「あそ研」の活動紹介
に来て頂くことになった。将来のために何かやりたいけど、
何からやったらいいか分からないという学生諸君にとっては、
耳よりなお話しになるはずである。