うちには、猫の額ほどの庭がついているので、そこにいくらか野菜を植えている。いまどき野菜は、スーパーで買ってくれば間に合うのだけど、庭に植えておけば、旬がいつ頃なんだとか。値段が割高だのお得だのということに、興味を持てるようになる。葉もの野菜なんかは、蝶々の幼虫がついて割れたり、ナメクジに食われたりする。見つけたら箸で摘まんでご退散頂くことになる。虫除けの農薬の力を借りることもあるが、どんなのを使うのか、ホームセンターでよく考えるようになる。家庭菜園用の農薬は手軽なスプレータイプがたくさん売っているのだけど、成分表をよく読めば、有効成分の割合はほんの少しで、ほとんど水を買っているということにも気付くことになる。
朝に、菜っ葉を取りに庭にでれば、朝露が降りたことに気付くことになるし、日当たりがよくないと発育が進んでいないなあなんて思うこともある。ひとつの野菜の収穫が終わったら、その後に何を作付けしようか、その前に、苦土石灰で土壌改良をしておこうかとか、計画することにもなる。そういうことをやっていると、スーパーで売っている野菜がそこに並ぶまでのプロセスがなんとなく想像できるようになり、これまた関心の対象になる。
ここに書いたのは、家庭菜園のことであるが、身の回りの人々についても同じで、関わらなければ何の面倒もないが、関わることで手間は掛かる一方で、その人の行動や言葉から、あれこれ学び取ることができる。そういう風に関わる間柄をコミュニティというのだろう。コミュニティは、日本語の世間ではちょっと遠い気がする。何かこの面倒くさくも豊かさを運んで来てくれる人たちの関係を表す丁度いい言葉はないものだろうか。
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