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2021年7月23日金曜日

多様性への責任

 こんにちは。辻井洋行です。

庭木の葉っぱを見てながら得た妄想です。僕が借りている家は、約30年前に竣工したそうです。おそらくこの目の前の植栽(レッドロビン)も30年前からここにあるのでしょう。当時のこの土地には、山があり、雑木が林立していたはずです。これまでにも、人が住んでいる場所に、空き家ができ、そこに住むこともできるはずですが、新興の住宅地が生まれました。宅地が造成され、区画が決められた場所に、人工的な植栽がされたわけです。

生態的な多様性は、造成前の方が豊かなはずです。そこに、住む人にとっての見た目の良さ、それは住宅販売会社にとっての、商品価値に置き換えることもできます。私の目の前にあるのはレッドロビンという、植栽のための樹種です。


その責任とは何か。それは、もともとそこにあった植生の多様性を抑制しまったことに対する責任です。失われた多様性は、回復するするためにそれなりの時間を要します。多様性が不足しているという事は、大きな目で見ると、私たち人間にとっても、生存上不利な状況を生み出したということです。私たちは不利な状況を生みながら、短期的な快適な住居環境を得ているとみなすこともできます。

その責任を負ったであれば、できるだけ住居環境の中に多様性を持ち込んでいくこと、多少住みにくくなっても、植栽やそこに住み始めた動植物に敬意を払い、遠慮しながら生きていくこと。そういう事が、途中を開いたことを上の片棒を担ぐ人にとって、責任を果たすということなのかもしれません。





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