こんにちは。辻井洋行です。
この一年で、仕事のやり方はずいぶんと様変わりしました。都市部ほどテレワークが推奨されて、職場の仲間とのやり取りの方法や頻度の最適化が進んだのではないでしょうか。車での通勤が可能な地方都市では、オフィスの三密を避けるために、間引き通勤が続いています。
大部屋でのワイガヤを基本としている職場では、人が集まらないとコミュニケーションが疎になり、作業の進捗が滞り、イノベーションの機会を失うことへの心配があるのでしょう。
組織におけるイノベーションは、SECIモデルとして整理されています。このモデルでは、人の頭の中にある知識を「暗黙知」と呼び、それが言葉や数字へ変換したものを形式知と呼びます。暗黙知が他者との経験の共有をへて共同化(Socialization)し、言葉などに置き換えられて表出化(Externalization)します。これが、他の形式知と連結化(Conbination)した上で、再び個々人の暗黙知として定着する。このサイクルがスパイラル状に繰り返されることで、組織が発展していくと考えます。
この暗黙知と形式知という言葉は、もう一般的なビジネス・ワードになっているし、ERP(Enterprise Resource Planning;業務基幹システム)の中には、このSECIモデルを基本思想としているものもあるようです。ERPは、人・モノ・金・情報という経営資源を統合的に管理する仕組みであり、企業にとって重要な差別化要因である情報的資源、その中でも組織内外の知識(intellegence)のマネジメントは肝となるはずです。
テレワークの時代には、暗黙知と形式知の変換・融合を空間を共有せずに実現することが必要になっており、それを支えるための仕組みが普及してきているようです。ただし、それは十分に機能し、知識創造を実現してきているでしょうか。
SECIモデルは、仕組みを作れば自動的に機能するものではなく、それを推進していく人たちのコミットメントを必要とします。それは、メンバー同士が「共通善」の達成に向けて主体的に貢献し合う賢慮(フロネシス)が前提として成り立つものです。
知識創造理論(1996年、野中郁次郎)の提示を遡ること58年の1938年にC・バーナードが、ベル社の子会社社長をしながら書いた『経営者の役割』では、組織の成立要件として、「コミュニケーション」、「協働の意欲」、「共通の目標」の3つを挙げています。
ERPやテレカンファレンスを仕組みとして導入し、メンバー間での経営資源の共有とコミュニケーションのインフラを整えたとしても、そこに「協働の意欲」がなければ、知識創造は実現して行かないでしょう。また、協働の意欲の前提となるのは、組織に集う共通の目的です。メンバーの賢慮を引き出すには、組織の中で共有される明確な事業目的が必要になるはずです。
こういうことをワイガヤで醸し出すのを得意としてきた企業は、組織づくりの前提条件が変わってしまい、その補完方法に苦慮しているのかもしれません。それでも、知識創造によるイノベーションを必要とする場面は、待ったなしで訪れます。知識を生み出し続けるには、充実したシステムを使いこなすスキルばかりでなく、わたし達に備わる賢慮(フロネシス)が問われているのです。
チベット仏教の砂曼荼羅@サンパウロ