こんにちは。辻井洋行です。
今回は、これからの大学における教育カリキュラムのあり方について小風呂敷を遠慮気味に広げてみたいと思います。
僕が住んでいる福岡県は、1月初旬からコロナ禍による2回目の緊急事態宣言に入っており、2月の上旬まで続くことになっています。対面で、誰かと会って話す機会は相変わらず少ないままですが、緊急事態宣言だからといって、もっと減ったということはありません。
大学の教員として仕事をしているので、オンラインでの授業を行うことが増えました。担当している座学の授業は、オンラインの方が学習効果を引き上げられるのではないかと感じています。情報を伝達し、受講生自身が思考して、アウトプットを戻し、それにフィードバックするという流れは、オンラインツールを活用することで、より充実させられるようになりました。
一方で、工作をグループワークで行う授業は、1+1>2となるような受講生間の思考の相乗効果を発揮させる空間や用具の共有が閉ざされたことにより、学習効果を落とすことになりました。このように、空間を共有することによって、学習効果を発揮するような授業手法については、大幅な工夫が必要になっています。本年度については、個別ワークを動画で共有し、相互にインスピレーションを与え合うような試みに留まりました。
もっと大きくみれば、そもそも大学における学習目標と学習手法を改めて見直す機会をコロナ禍はもたらしているものと僕は考えています。情報伝達やスキル習得のためのドリル学習を大きな教室空間に受講生を集めて行う必要はないでしょう。教材は、メディアで十分提供することができます。ただ、その授業のために生身の教員が受講生と教室空間を共有する理由は、監視にしかないのではないだろうかと。
専門を学ぶための基礎知識は、高校のカリキュラムで十分に学ぶ機会を得ているので、大学は探求のための機会をカリキュラムの軸に据えて、教員はファシリテーターとして振る舞うようにする。授業は、大学生の探求を促進するためのサプリメントになるものを提供する。探求とは、課題を解決するための問い提起し、仮説ー検証を繰り返す営みです。その営みの思考法が身につけば、学問的な探求ばかりでなく、ビジネスの現場にも応用できるようになります。なぜなら、ビジネス界もまた仮説ー検証の世界であるからです。大学での探求の内容は様々ですが、共通するのはこの思考法の習得にあります。
対面授業はオンラインでのそれに勝るものであり、授業は対面での実施にこそ価値があり、授業料を支払う意味があるというのは、世の中の価値として一般的であり、全ての大学での学びを対面に戻そうという方針があります。ただ、この期を逃しては、これまでのオーセンティックな大学教育をむやみに温存してしまうことにもなりかねないでしょう。大学3.0、4.0への脱皮を目指すべき時が今です。
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